――山本准教授と坂本助教は、AL※育成協議会のメンバーでもあり、AL認定試験の運営を中心になって行ってこられました。まず、貴協議会について教えてください。
山本氏:AL育成協議会は、2004年の広島大学とマイクロソフト株式会社とのアクセシビリティ分野における産学連携活動を発端とし、2009年に発足しました。
当協議会は、「アクセシビリティ」=利用しやすさ・参加しやすさを推進し、製品やサービス、情報や環境の利便性を誰もが享受でき活躍できる豊かな社会の創出を目指して、ALの育成や人材活用、普及啓発活動を行っています。
当協議会では、AL育成プログラム(ALP)を開発・提供し、ALP受講者は、1級AL認定試験、および2級AL認定試験の受験・資格取得をすることができます。
ALP修了生、資格取得者は、ALとして企業や教育機関などで活躍しています。
AL育成協議会には全国27大学と、富士通株式会社、株式会社イフ、東広島市、日本学
生支援機構が参画。2023年度までに、延べ約15000名がALPを受講し、延べ(1級・2
級合わせて)4291名がAL資格を取得しています。
※ AL = Accessibility Leader
――AL認定試験へのTAO導入の背景を教えてください。
山本氏:コロナ禍以前は、紙による筆記試験を行っていました。ALP開始当初は広島大学の学生を対象としたプログラムでしたが、AL育成協議会設立後は、全国でALPが実施されるようになり、受験者数や試験会場も増え運営にも大変労力がかかるようになりました。
認定試験を実施する大学には、会場の確保に加えて試験監督2名を配置していただかなければなりません。問題用紙・回答用紙の受取と管理や、試験終了後の回答用紙の回収と協議会まで郵送していただく手間もありました。
坂本氏:各試験会場から解答用紙が届くと、事務局では解答用紙をスキャンして読み取り、採点結果をデータ化しなければなりません。受験者数が増えるにつれ、事務局の負担も大きくなっていました。
山本氏:この負担を軽減したい。また、視覚障害や上肢障害などがあり手書きでの筆記が難しい受験者もいるため、CBTが導入できないかと以前から検討はすすめていました。そこへ、2020年の新型コロナのパンデミックが起こりました。4月から対面授業の多くがオンライン授業に置き換わり、例年12月に実施している試験についても、対面での実施が危ぶまれましたので、急遽CBTの導入に舵を切ることにしました。
※CBT(Computer Based Testing:コンピュータ ベースド テスティング)
――導入にあたって数社のシステムを検討されたそうですが、TAOを採用した理由は?
山本氏:文部科学省でも導入実績があり、信頼性があったこと、SaaSのため導入が容易であったことです。また比較検討した中ではTAOが唯一、アクセシビリティに配慮し、WCAG(Web Content Accessibility Guidelines )にも準拠していたことから、当協議会のニーズに合っていると考えました。
――導入までのスケジュールは、2020年4月にシステムの検討、5月に初回打合せ、9月に作問・オーサリングを開始し11月には終了、11月25日のリハーサルを経て、12月に5回に分けて試験を実施。導入から実施までわずか3カ月ですね。
山本氏:今回、コロナ渦の中での判断であったことも、導入と実施をスピーディーにした要因かと思います。
坂本氏:試験問題のオーサリング作業は、最初は少し難しく感じましたが1度作ってしまえばあとは単純に問題を登録するだけ。操作は簡単で、非常にスムーズにテスト作成ができました。
――リハーサルを実施したことについてはいかがでしたか。
坂本氏:試験は受験者の自宅で各自のパソコンを利用して行うため、操作方法がわからない、パソコンやブラウザのバージョンに対応できないなどのトラブルを回避するためマニュアルを配布してリハーサルを実施。受験者に動作確認と操作練習をしてもらいました。受験者からは「リハーサルがあって良かった」という声が多かったため、その後も継続しています。
――本番中にトラブルはなかったでしょうか。
山本氏:まれに受験者のインターネット環境の問題などはありましたが、TAO自体のトラブルはありませんでした。導入初年度だけは、トラブル対応のため試験本部を設置しましたが、特にトラブルもなかったため翌年からは設置していません。
――TAOの導入によってどのような効果があったのでしょうか。
山本氏:まず、試験会場を用意する必要がなくなりました。BYOD(Bring your own device)が基本ですので大学側が端末を用意する必要もありません。自宅で受験できるため、これまで試験会場が遠い、積雪で移動が困難などの理由から来られなかった学生も受験できるようになり、受験者数が増えました。
視覚に障害がある人は自分の使い慣れたパソコンで画面を拡大したり音声読み上げ機能を使ったりできる点でも非常によくなりました。また、障害のある受験者に対して時間延長の措置を行う場合も、TAOの機能で簡単に設定ができる点もよいと思います。日本語を読むことに時間を要する留学生からも時間延長の希望がでますので、時間延長の措置の需要も少なくはありません。
坂本氏:採点も大幅に省力化ができました。コンピュータで回答をするので試験終了と同時に採点が完了し、紙の解答用紙を受け取ってスキャンし集計するという作業がなくなりました。
また、作問段階でも、以前は紙を出力して校正をしていましたが、CBTにしてから画面上でチェック・修正ができる点も非常に便利になりました。
――導入にあたってご苦労されたのはどのような点ですか?
山本氏:一番のネックはコストですが、同時アクセス件数を減らすことで、コスト削減を図りました。具体的には、受験者数がなるべく均等になるように試験会場および試験日を分散しました。試験日を複数にすることで、心配なのはカンニング等の不正防止の対応です。この点についても、TAOにランダム出題機能があったことで、一定の対策を講じることができました。
自宅で受験することで、テキストを見ながら回答する人もいるのではという危惧もありましたが、試験内容が記憶を問う内容ではなく、理解度や考える力を問う内容であり、テキストを調べる時間のロスのほうが大きいため、テキストを見ながら解いたとしても、結果への影響は限定的であると判断しました。実際、CBT導入後の平均点数は例年とほぼ同じか、受験者数が増えた影響もありやや低いという結果でした。
――今度、構想されていることがありましたら教えてください。
山本氏:TAOによって作問は大変省力化されましたが、今後は、オーサリングや試験問題のチェックを外注化しさらに省力化したいですね。
また、他大学と連携し、CBT実施における知見を共有しあうことで、ノウハウを期末試験や入試の特別措置にも活用できればと考えています。
現在、試験の都度IDを発行していますが、今後は、受験要件にもなっているオンライン講座(Moodle)と連携できればと考えています。受験申込の手続きや受験要件の確認もスムーズになり、受験者にとっても運営側にとっても便利になると思います。
坂本氏:学生からはスマーフォンで受験できないかという声も挙がっています。今のところスマートフォンの使用は推奨していませんが、今後は検討課題かもしれません。
――ALP受講者や認定資格取得者に期待することは?
山本氏:医療分野やIT分野など、わかりやすくアクセシビリティの知識が役立つ場もあると思いますが、実はアクセシビリティはどのような分野でも必要とされる概念です。これから様々な分野で活躍する学生が、自身の専門性にアクセシビリティの知識をプラスすることで、さらに活躍の場が広がりますし、ビジネスチャンスにつなげる等、アクセシビリティを活かして可能性を広げていってほしいと思います。
――アクセシビリティの視点から、教育DXをどのように評価されますか?
アクセシビリティとDXはとても親和性があると思います。eラーニングやCBTもその一例ですが、障害があるなど特別な配慮が必要な学生も、以前より簡単に講義に参加できたり、試験が受けられるようになりました。DXは障害のある人とない人とのギャップを確実に縮めてくれると思います。
コロナ禍での試験実施のピンチをチャンスに変換し、CBTへの移行を短期間のうちに実現されたスピード感が印象的でした。
アクセシビリティの分野において人材育成に尽力されている先生方にTAOを選んでいただけたことは大変光栄です。
直近の試験実施においては、アクセシビリティが強化された新しい受験モジュールでの運用となり、インフォザインも何度か技術的なサポートをさせていただきましたが、それ以外はサポートを必要とすることなくほぼ全ての作業を坂本先生を中心に協議会のメンバーで対応をされていらっしゃいます。
CBTでの課題となることが多い、自宅での受験、受験用デバイスの問題、不正防止対策、当日のトラブル対応なども、会員の大学・組織のご担当者様と連携をしながらしなやかに乗り越えられており、CBT、そしてTAOへの移行を検討されている方々にとって良い参考となるのではないでしょうか。
最後に、本記事を作成するにあたり取材にご協力いただきました山本先生、坂本先生、そして、普段から事務局として窓口となってくださっている本畠様、どうもありがとうございました。
「株式会社インフォザイン」は、東京 上野にオフィスを構え、教育とテクノロジーを融合させたEdTech分野でビジネスを展開しています。
「オープンソースとオープンスタンダードを活用し、教育の未来を創る」ことを目指し、特に力を入れているのは、ルクセンブルクのOAT社が開発したWebベースでアセスメント・テストを実施するためのCBT(Computer Based Testing)プラットフォーム「TAO」をベースとした新サービスの開発と提供です。
オンラインアセスメントのためのSaaS版CBTプラットフォーム「TAOクラウドJP」をはじめ、学力調査、大学入試、各種資格・検定試験などのCBT化に実績のあるアセスメントサービスを提供しています。
また、学習歴の可視化の手段として利用が広がっているオープンバッジの発行プラットフォーム「オープンバッジファクトリー」の日本における独占販売契約を締結し、サービスを開始しました。
なお、教育DXを推進するため、教育に興味を持っているITエンジニアはもちろん、教育分野に課題意識を持っている人材も広く募集しています。
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