カーンノルマンディ大学は、フランスのノルマンディ地方にて1432年の設立以来、ヨーロッパの中で最古の歴史を持つ大学の一つです。
カーンに6つのキャンパス、そしてノルマンディーに5つのキャンパスを持ち、学部と大学院あわせて約3万人の学生を持つ総合大学で、世界264の機関と協定を結んでいる国際色豊かな大学です。
オープンバッジの導入は2016年から始まりました。
はじめの3年は、いくつかの小さなプロジェクトからスタートしました。
その一つが、保険・金融コースで学ぶ学部生・大学院生のソフトスキル(非認知能力の一部)を可視化して、就職活動に繋げるプロジェクトです。
ソフトスキルという言葉は聞き慣れないかもしれませんが、ここでは、非認知能力の中でも特に、仕事をする上で役立つスキルという意味合いで使われています。
この取り組みで目指したことは、問題解決力、創造性、好奇心などの、非認知能力の中でも特に仕事をする上で役立つソフトスキルをバッジで可視化です。
1年目はイベント参加証など12種類のバッジからスタートし、2年目は18種類。3年目にはOECDのスキルリストを参考に、6種のソフトスキルと3種のライフスキルに整理しています。
背景として地元の保険・金融業界の採用担当がそれまで、就職活動の際に学生から提出される学業の成績だけでは、求める人材を見極めるのが難しく、採用に苦労していたと言う状況があります。
雇用主が求めているのは、問題解決能力、コミュニケーション能力、忍耐力、自尊心、創造性、好奇心、チームワークなど、これらのスキルを備えている人材であり、面接だけではそれらを判断できないという課題がありました。
ソフトスキルの標準化は大学の保険・金融コースの全職員や学生250名で取り組み、OECDのスキル標準や地元企業の人事採用担当の声も反映されて設計されました。
また、バッジは大学から与えられるのを待っているものではなく、学生の自発的な意志で申請するもの。
そして、バッジによっては、学生同士の評価やティーチングアシスタントの推薦もあってはじめてディプロマ審査に則り発行されるというものもあります。
幼児教育の分野でも、小中高の探究学習でも、大学入試の総合型選抜試験でも、就職活動や、仕事を進める上でも、「非認知能力は大切」と語られることはありますが、非認知能力という言葉を日常会話ではあまり使ったことがなくて、馴染みがないなという方もいらっしゃると思います。
検査や試験で測れるような知能とか学力を認知能力とすると、それ以外の能力が非認知能力ということになります。
例えば、自己管理力、適応力、リーダーシップ、コミュニケーション力、チームワーク、問題解決力などの例がわかりやすいでしょうか。
生活していく上で、仕事をしていく上で、それ以外にも子育てですとか、地域の活動ですとか遊びや旅行をする上でもあると良い力だと思います。
今までそのようなご自身の非認知能力を客観的に視覚化されたものをご覧になった方はどのくらいいらっしゃるでしょうか。
人事評価で点数にしている組織、何らかの形で提供されているスキルチェックを受けた方もいらっしゃるかもしれません。
とはいえ、就職や転職をする際にご自身の非認知能力を視覚的にアピールできた方というのは少ないのではと想像します。
カーンノルマンディ大学の最近の取り組みも見てみましょう。
教育改革として、学習パスウェイ / カリキュラムツリーの個別最適化をより良く実現するために、5つの視点から改革を計画しました。
学生チュータリングシステムでは、学生の学習状況をフォローするチューターを学生から育成し、認定された人は報酬を受け取って活動をします。
チューターとして認められた学生にはこのようなバッジが発行されています。木にのぼる手助けをしているイラストですね。
教育学的・技術的なサポートにおいて、学生の学習状況をフォローする「チューター」や「メンター」を起用
学生のチューターやメンターは専門的な研修を受け、習得したスキルを認めるオープンバッジ「大学でのチューター」を授与され、報酬を受け取って活動
チューター制度は、対面式、遠隔式、またはその両方を組み合わせたハイブリッド式で運用
学習意欲・参加の促進という視点ではさまざまな施策が立てられ、そのうちの一つがオープンバッジの活用と紐づいたということです。
イベントの参加証だけでなく、運営に携わった学生へのバッジも発行されています。
補習システムの設計
ピアラーニングシステムの設計
オープンバッジの活用
シリアスゲームの作成
プレースメントテスト
没入型テクノロジーの統合 など
気になるソフトスキルについて詳しくみていきましょう。
まず、大学では学生に、このようにオープンバッジを説明しています。
「対人スキル、興味など」を「オープンに」認める、リコグニションするためのツールです。 と言い切っていますね。
独自の技術ではなく、技術標準規格に則った形で発行されることの大切さも強調されています。
バッジのデザインはシンプルでありながら、大学が標準化した統一基準のもとに設計され、
学内のコミュニケーション専門部門にてデザインされています。
大学はオープンバッジを活用するメリットを次のように示しています。
メリットを最大限にするために大学は次のような目標を掲げています。
エンドースメントとは他社からの推薦と言う意味で、バッジに対して外部の組織が推薦のコメントを書いたり、個人が取得したバッジについて他者が推薦のコメントを書いたりできる機能があり、その推薦コメントがバッジの価値を高めるために重要だと考えられています。
身近な例を上げると、ネットショッピングのサイト、レストランやホテルの予約サイト、フリマサイトなどを利用する際ポジティブなカスタマーレビューが書いてあると評価の参考にすることができると思いますが、それに近いようなイメージです。
自己アピールも大切ですが、選ぶときに、他者からの推薦文が決め手になることも多いですよね。
SNSのLinkedinにも「スキル推薦」という機能がありますが、その感覚にも近いかもしれません。
さて、バッジで視覚化したというソフトスキルについて、具体例を見てみましょう。
例えば、オーディエース。
大胆さ ということでしょうか。
内容や取得条件に勇気を持って挑戦すること。
新しい行動を起こすこと。
ノーと言える勇気を持つこと。
と書かれていますね。
大学が整理した「学び方を学ぶ」と言うシリーズのソフトスキルです。
コンフィアンス
自信があるというバッジですが、
取得条件は
・困難や批判に対処できる
・失敗の恐れに立ち向かうことができる
・ストレスフルな状況に直面したとき、感情をコントロールする方法を知っている
とあります。
これ以外にも多くのソフトスキルが標準化されていますが、どのソフトスキルも、社会で本当に必要な役立つスキルです。
学生時代に、その大切で身につけておくべきスキルが標準化され一覧でき、自分が持っているソフトスキルを見える化していけるというのがカーンノルマンディ大学です。
8年間に渡ってPDCAを回しながらオープンバッジを取り入れてきたカーンノルマンディ大学ですが、上手くいかないこともありました。
学内のバッジ運用の責任者で、ペダゴジーエンジニアのフロランスさんは次のように話してくれました。
「ハードルとなったのは共通の評価基準を作ること。
バッジの基準が満たされているかどうかを評価するのは、オープンバッジを設定した条件によって異なり、また、教員次第でも変わってきます。
場合によっては、テスト、セッションの観察、口頭発表などを用いて評価しますが、誰にでも当てはまる基準は、ソフトスキルの特性上難しいのです。
私たちは、教員がバッジを自分のものとし、オープンな評価のためのツールであり続けるために、教師の指導の自由を尊重しなければなりません。
例えば、コミュニケーション・バッジは、多くのことを網羅しすぎていて、バッジをつけるのが難しく、また読み方も不明瞭であるため、今もなお、見直しを試みています。」
そして、プロジェクトを力強く支援してきた副学長は、成功の鍵をこのように振り返ります。
そしてカーンノルマンディ大学の挑戦を支えるベースには地域との連携もあります。
フランスの中でもノルマンディ地方はオープンバッジ運動の先駆けと言われるほどノルマンディ地方、カーン周辺ではオープンリコグニション、オープンバッジを積極的に活用する組織や団体が多いことも特徴です。
カーンノルマンディ大学は地域や企業とも交流を持ち、オープンバッジの可能性を、可能性で終わらせることなく、実社会で役立つものにしようという活動も行っています。
これは、オープンバッジの夕べというパネルディスカッションが開かれた時の参加者です。
ロレアルパリ、ダノン、クレディアグリコル、コンサルティング会社など企業の採用担当者とオープンバッジの専門家、大学の職員が、それぞれの立場から意見を発しながらも、同じ方向に合意をしています。
パネリスト達の話から3つのポイントが分かります。
第1に、バッジはさまざまな媒体で可視化でき、所有者はバッジをいつ、どこで、どのように表示するかをコントロールできます。
第2に、バッジは「生きている」オブジェクトであり、ドキュメントや保証を追加することで強化できます。これは、学習と成長の継続的なプロセスを示すのに役立ちます。
第3に、バッジは、従来の学位や証明書とは異なり、学習途中の任意の時点で授与でき、自信と認識を提供できます。
企業の人事採用担当の声をいくつかご紹介します
特に、インターン、見習い、初めての仕事を求める若い人の採用活動では、多くの履歴書が似通っているため、候補者がどのように際立つかが課題となりますが採用候補者を評価するためにソフトスキルを使用することで、客観性を維持しながらも、個性、経験、文化的背景の違いを認識することが可能になります。
ソフトスキルバッジは候補者の強みと弱みを提示するためのコンテンツを提供し、雇用適性を高めることができます。
また、例えば、履歴書に「ウクレレ」と書くだけでは十分ではありません。オープンバッジを使うことで、初心者レベルなのか、グループで演奏しているのか、どのようなスキルを持っているのかを具体的に示すことができます。
例えば、音楽、演劇、スポーツなどの活動を通じて得られたスキルは、社内でのコミュニケーションやチームワークに役立つ可能性があります。
オープンバッジの専門家はオープンバッジは学位に取って代わるものではなく、それを補完するものであると強調しています。
また、企業の採用要項を試しに検索してみると、インターンに必要なソフトスキルも明記されていました。
ヨーグルトで有名なダノンの募集要項には
・職務、国、年齢の枠を超えて信頼関係を迅速に構築できること
・強力なコミュニケーション能力
・問題解決能力
ノルマンディ地方を本部とする保険・金融のクレディ・アグリコルの募集要項には
・分析力
・チームで働く能力
・主体性と提案力
と書かれています。
最後に、このイラストを描かれた方のコメントを意訳させていただくと、カーンノルマンディ大学の挑戦の意味がより理解いただけるのではないでしょうか。
「単位や修了証、成績だけがすべてではありません。
雇用者が人を採用する際に、何を重視しますか?
人格と呼べるものや、何か光るものを探すでしょう。
しかし、成績は非常に重視されるため、他の資質も重要だという声があがっても、なかなか耳を傾けてもらえません。
オープンバッジは、その人を認める、リコグニションするという点において、あらゆる多様性を考慮した画期的な変化をもたらす可能性を持っています。」
引用:https://www.slideshare.net/slideshow/case-university-of-caen-normandie/147754028
引用:https://pedagogie.unicaen.fr/innovations-pedagogiques-2022-2023/
引用:https://pedagogie.unicaen.fr/service/open-badges/
引用:https://bryanmmathers.com/i-am-more-than-just-my-grades/
「株式会社インフォザイン」は、東京 上野にオフィスを構え、教育とテクノロジーを融合させたEdTech分野でビジネスを展開しています。
「オープンソースとオープンスタンダードを活用し、教育の未来を創る」ことを目指し、特に力を入れているのは、ルクセンブルクのOAT社が開発したWebベースでアセスメント・テストを実施するためのCBT(Computer Based Testing)プラットフォーム「TAO」をベースとした新サービスの開発と提供です。